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【アラベスク】  第5章 古都の夢



第2節 再会は甘く優しく [11]




「京都へ、一緒に来ていただけませんか?」
 そう誘われたのは、霞流家に泊まった翌日の朝。ダイニングで一緒に朝食を取っていた時だった。
 かなり唐突だった。
「え? 京都?」
 言われた意味がわからず呆気に取られる。だが慎二には、そんな態度など予想の範疇(はんちゅう)だったのだろう。
 ゆっくりと手にしていたフォークを置き、両手を組んで顎を乗せた。
「実は来週、私用で京都へ行かなくてはならないのですが、できれば美鶴さんに、同行して頂きたいのです」
「え? えぇっ どうして私がっ?」
 驚きの余り、フォークを落としてしまった。
 すかさず控えていた幸田が拾い上げ、代わりを用意する。
 こういうコトは前にもあったが、今の美鶴には、当時を思い返すような余裕はない。
 京都? なぜに?
 自分とはまったく縁のない土地だ。誘われる心当たりなど、あるワケがない。
「実は、私に協力して頂きたいのですよ」
「きょ… 協力…… ですか?」
「えぇ」
 慎二はそこで、困ったような恥ずかしそうな笑みを浮かべ、少し視線を落とした。
「実は、母の友人が化粧品会社を設立しておりまして、今度、新商品の発表を兼ねて小さな、パーティーのようなモノを開くようなのです。それに私も誘われてまして」
「はぁ」
「ですが正直、私はあまり気が進みません」
「そういう場が嫌い? だとか?」
「まぁ それもありますね。もともとそういう賑々(にぎにぎ)しい場は、あまり好きではありません」
 その意見には納得できる。
 賑やかな場所が好きだというなら、このような静かな丘の上での生活に身を寄せることなど、しないだろう。
 だが慎二の言い方では、理由はそれだけではないようだ。
 美鶴に促されるような形で、再び慎二が口を開く。
「考えてもみてください。母の友人が開くパーティーです。招かれる客も化粧品会社の関係か、母のように友人関係にある者か、あるいは親族かその繋がりか……… いずれにしろ、私にはまったく無縁の人間たちばかりです」
 だろうな。
「そんな中に一人放り込まれるのは、あまり気分は良くない。別に私は化粧品に興味があるワケではない。所詮は何の関係もない人間です」
「えっと…… じゃあ、なんで霞流さんが誘われるんですか?」
 美鶴の言葉に、一瞬だけ口元を吊り上げる。
 それは本当に一瞬だったが、どこか哀愁……… 笑顔でありながらどこか憂愁(ゆうしゅう)めいていた。
「母が、躍起になっているのですよ」
「ヤッキに…… なっている?」
「えぇ 私がこうやって、他人とはあまり関わりを持たない生活をしているコトが、どうも気に入らないらしいのです。世間では"引き篭もり"とでも言うのでしょうか? 傍目(はため)には陰気な生活をしていると見えるのでしょうね」
 なるほど。なんとなく事情が見えてきた。
 他人と離れ、丘の上で祖父と暮らす内気な息子を気にして、母親はなんとかその生活を改善させたいのだ。
「母は、その化粧品会社とは直接は何の関係もありません。ですが、学生時代からの親しい友人ということで、会社設立の時にも何かと手を貸したそうです。だから、事あるごとに顔を出しているようですね。そういうイベント自体、嫌いではないみたいだし」
 そこで少し眉間を寄せた。だが美鶴には、その意味が理解できない。
「…… 仕事柄、顔が広い方が有利というコトもあるようですが」
「仕事柄?」
「あぁ 言ってませんでしたか? 母は…… まぁ営業のような仕事をしています。父の工場で作った製品を、あちこちに売り込んでいるのですよ」
「何を作っているのですか?」
「木綿ですよ」
 以前、繊維関係の仕事をしていると聞いたことはある。知多の出身だとも聞いた。
「それなりに伝統的な木綿です。格安の中国製品に比べればかなり値の張るモノですが、今は高級志向も高まっていますから、意外と売れるのですよ」
 木綿だけで、ここまでの金持ちになれるのだろうか? 
 美鶴にはわからない世界だ。
「話を戻しましょう。まぁ そのような至極個人的な理由で私は誘われるのです。私が断れば断るほど相手はムキになるようで、自分が忙しい時には、そのご友人のお嬢さんをワザワザ出向かせてまで、私を表の世界へ引きずり出そうとするのです」
 事情は理解できても、なぜ自分が協力者になり得るのかまではわからない。
 慎二は、そんな美鶴に改めて向かい合った。
「そこで美鶴さんにも、私と一緒に出席して頂きたいのです」
「は……… はい?」
 ますますわからん。







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